ZENトレプレナー対話

流れとコントロールのあいだで

〜良い組織をつくる、さじ加減の知恵〜

吉田

前回の「西洋と東洋」というテーマは、読んでいただいた方からも反応があって、とても良かったと思っています。その話の中で成澤さんが「流れで独立した」というお話をされていました。意図していたわけではないけれど、うまく流れに乗っていたということですね。

 

今日はその「流れ」という部分、東洋的な考え方にも通じるこのキーワードと、一方で「コントロールしなければならない現実」もある、という対比をテーマに話ができればと思っています。

 

ビジネスというのは、基本的にはコントロールしていかないと難しくなる部分がある。でも、そのコントロールによって窮屈さが生まれ、「流れ」という考え方が出てくる。皆さんはこのキーワードからどんなイメージを持たれますか?まず成澤さんいかがでしょうか。

 

成澤

パッと思うのは、「悩ましい」という感覚です。もともと私はコントロールするタイプで、今もその癖は残っていますし、コントロールが必要な場面もある。だから、コントロールするのか流れに任せるのか、そのさじ加減が難しく、日々何が正解なのか考えている感じですね。

 

安田

前回、ゴールを決めてそこに向かうのが得意じゃないという話をしましたが、そうは言っても、流れに乗るばかりではどこに流れていくかわからないという不安もある。やはり自分の軸みたいなものはどこかに持っておく必要があるんだろうなと思います。

 

成澤さんは流れに乗って独立されたとおっしゃっていましたが、その前段として「こういう仕事をしたい」「こういう存在でいたい」という軸があって、その上で流れてこられたんじゃないかと想像するんですが、いかがでしょう?

 

成澤

おっしゃる通りで、こうありたい、これをやりたい、こういう影響を与えたいという思いはありながらやっていました。ただ、最終的には流れに乗った感覚がありますが、独立したいと口にし始めたのはもう10年くらい前のことです。

 

そこから半身を乗り出しては戻り、乗り出しては戻りを繰り返して。その頃は流れなんてまったく感じておらず、むしろ流れに抗いながら、ノウハウやメソッドをインストールして実践してみるものの効果が出ず、また戻る、というサイクルを繰り返していました。

 

つまり、自分をコントロールして独立へ持っていこうとしたけれどうまくいかないという期間がずっとあって、最終的に「もういよいよ流れだな」と感じたところで踏み出した、という感じです。

 

ただ、そのコントロールしようとしていた時間が無駄だったとは思っていなくて、いろいろ試したからこそ自分の足りないことに気づけた部分もあるし、意味はあったと感じています。

 

吉田

流れに乗る前の行ったり来たりも、実は流れの一部なのかもしれませんね。川の流れもぶつかりながら進んでいくように、その試行錯誤もすべて含めた流れなのかなと。

 

私自身も振り返ると、昭和の企業社会というコントロールされた世界の中でもまれながら、今の流れが生まれてきた気がします。とはいえ、今も流れっぱなしというわけにはいかない。そのコントロールと流れがスパイラルアップしながら続いている、そんなイメージで聞いていました。

 

成澤

ぜひお二人のお知恵をいただきたいのですが、私が日頃携わっている人事制度というのは、ともするとコントロールのために作られ、使われるものになりがちです。「これをやってください」という基準を示すことは、裏を返せば「それ以外をやると評価されない」ということでもある。

 

つまり、評価制度はある種の禁止事項を伴うコントロールツールになってしまっている。多くの企業でそうなっているのが実態です。このことをどう捉え、どう対応すればいいのか、お二人の意見を聞いてみたいんです。

吉田

評価して形にしなければならない仕組みがある以上、ある程度はやむを得ないと思います。ただ、重要なのは「本人の成長のために制度を使う」という考え方を基本に置けるかどうかだと思うんですよね。

 

その人が制度を「自分事の成長」として捉えられるようなアプローチにできれば、堅苦しい縛りではなく、成長を支えるものに変わっていく。そこがうまくできるかどうかがポイントだと思いますが、いかがでしょう。

 

安田

評価制度が育成のためのツールとして運用できているケースは理想的ですが、やはり査定のためのツールとして機能してしまっているケースが多い印象があります。そこからなかなか抜けられずに困っている組織も多い。

 

そもそも、企業のパーパスやビジョン、行動規範がしっかり浸透していれば、細かな制度はなくてもいいくらいではないかとも思います。成澤さんから教えていただいた「ノーレーティング」というキーワードが頭に浮かんでいます。

 

目標を定めるだけでは末端まで浸透しないので、さまざまなルールを付け加えていく。するとどんどん複雑になって、運用が難しくなり、何のための制度なのかが見えにくくなる。そういう状況に陥っているところも多いように感じています。

 

成澤

そうなんですよね。人間はコントロールしている方が安心できる生き物だと思っています。制度を入れる際、コントロールすること自体は避けられない。ただ、「何をコントロールするか」を考えることが大事だと思っていて。

 

今、私が模索しているのは、「良い流れを作るためのコントロール」とは何かということです。川の流れに例えると、氾濫しないように堤防を作ったり、流れをよくするために掘削したりする。そういうものが制度であり仕組みであれば、流れが強くなっても氾濫せず、枯渇もしない状態が作れるんじゃないかと。

 

コントロールをなくすのではなく、何をコントロールするかを考えることがとても大事なんじゃないかと、最近そう思っています。

 

吉田

今の話を聞いていると、守るべきものをきっちり定めた上で、あとは自由に流れていくというイメージですね。行動規範がしっかりしていれば、あとは自由でもいい。でも最初から自由にしてしまうと規範なく崩れる、とよく言われる部分があります。

 

規範がなければ人は自分で勝手なルールを作ってしまう。だからこそ規範の部分が整えられてこそ、自由が成長や飛躍につながるんじゃないかと思いました。

 

成澤

以前のセミナーで扱った事例として、「仁義礼智」を評価基準とすることで業績が維持・向上できているという会社がありました。自分勝手な軸ではなく、2000年以上前から良しとされてきた人としての規範を基準にしていくというのは、非常に意義深いと思っています。

 

弱者に手を差し伸べているか、礼節を尽くしているか。堅苦しく聞こえるかもしれませんが、そこから生まれるものはとても多く、みんなが同じ基準でやることで良い循環が生まれるんじゃないかと思っています。

 

吉田

人事評価においても、人としての在り方がきっちりしていることが重要なポイントなんでしょうか?

 

成澤

何を評価するかだと思うんですが、私は「協働共創に向けた行動をしているか」を評価するといいんじゃないかと思っています。仁義礼智もその意味では同じだと思っていて。

 

仁義礼智を大事にすることで協働共創が生まれ、個人としてではなくチームとして機能するための必要な基準になる。「協働共創に向けてちゃんとできているか」という評価が、人間の強みを引き出し、良い流れを作ることにつながるんじゃないかと思っています。

 

吉田

コントロールというと人為的な窮屈さを感じますが、今おっしゃったような理想の姿・在り方の規範があって、そこから自由に流れていくという組み合わせが、いい流れを生むんでしょうね。

 

安田

「人としての規範」というのは、日本人には昔からどこかぼんやりと受け継がれてきたものがあると思います。最近、経営規範の一つとして「哲学」という言葉を持ち込もうとする経営者が増えているように感じますが、その背景についてはいかがでしょうか?

 

吉田

時代が大きく変わってきた中で、資本主義的な「数値を求めて拡大していく」という方向性がある意味で天井に達した、という感覚があると思います。「何のために頑張っているんだ」という根源的な問いが出てきたとき、自然と哲学的なことが大事になってくる。

 

産業革命以降、技術革新によって便利になること・大きくなることが目的だったけれど、ある程度そこに至ると「ちょっと待てよ」という声が出てくる。そもそもの目的に立ち返ったとき、哲学が必要になるんじゃないかと思います。

 

リーダーシップ論や組織論なども、元を辿れば2000〜3000年前から言われてきたことの言い換えが多い。古きを温めながら新しきを知る、というように、原点に目を向け直す流れが出てきているのではないでしょうか。

成澤

西洋的・科学的な手法による人材開発や組織開発がここ数十年で大きく進んできましたが、突き詰めていくと2000年前から言われてきたことに行き着くんじゃないかと思います。「心理的安全性」という言葉がありますが、仁義礼智をみんなが体現すれば、その場には自然と心理的安全性が生まれるんだろうなと想像しています。

 

目指している先は結局同じで、現代の言葉でアプローチしてきたものが、「結局そういうことだったんじゃないの?」という気づきに変わりつつあるのかもしれません。仏教も哲学がベースですし、哲学と宗教の根っこはつながっていると思います。

 

吉田

道元の言葉にも、「相手を受け入れた後に自分の意見を言え」というものがありますよね。それは現代のコミュニケーション論で語られることと同じです。人間としての原理・原則は昔から変わっていなくて、それを現代のシチュエーションに合わせて表現しているだけで、元は一つなんじゃないかと思います。

 

成澤

仁義礼智を堅苦しく受け取りすぎてしまう自分がいますが、実はあれも「良い流れを作るための型」として提示されたものだったのかもしれない。コントロールと流れの二項対立ではなく、うまく両方が作用し合っているということなのかなと思いました。

 

吉田

AかBかではなく、両方ですよね。今おっしゃった孔子的な規範と、老子的な流れ。孔子は型・規範を大事にして人と社会を整えようとし、老子はむしろ流れに委ねる。目指すところは共通していると思います。

 

面白いのは、老子が最終的に求めているのは「絶対自由の境地」だということです。誰が何と言おうが気にせず、自分のやりたいことをやって、時が過ぎていく。規制や評価に左右されることなく生きられる状態。みんなそれを求めているんじゃないでしょうか。

 

ただ、ただ流れに乗ればいいというわけではなく、その境地に至るには達人の域に達するほどに自分を高めていく必要がある。力がついていれば誰の評価も気にならなくなるけれど、まだ足りなければいろいろと気になってしまう。そういうことなんじゃないかと思います。

 

安田

「絶対自由の境地」、もう少し優しく教えていただけますか?

 

成澤

難しい境地ですよね。私がパッと思い浮かべるのは、白隠禅師のような「融通無碍」の在り方です。起きてくる出来事をすべて受け取り、抗うことなく応じていく。一喜一憂しない。筋肉を鍛えていくというよりも、そぎ落として、そぎ落として、柔らかくなっていくような感じでしょうか。

 

ただ、不自由がないと自由も感じられないわけで、その辺りはどうなんだろうと思いながら聞いていました。

 

吉田

今日の話の文脈で言えば、「流れに乗れている状態」というのが、ある意味での自由なんじゃないかと思います。流れに乗るというのは不自由ではない。そして、それは達人でなくても、何があっても受け入れていけるという捉え方、キャパシティを持つことでも近づけるのかもしれません。

 

安田

お二人の話を聞きながら、身近なところに引き寄せて考えていました。コロナ以降、テレワーク・在宅勤務の問題が右に行ったり左に行ったりしています。自由にしてもちゃんと仕事できる人と、そうでない人がいる。どこまでコントロールすべきかというせめぎ合いがありました。

 

エンパワーされて自由にやれると力を発揮できる人もいれば、ある程度の枠と目標を一緒に握ることで伸びていく人もいる。いろんなタイプの人がいる中で、どうマネジメントするかは本当に難しいと感じています。

 

成澤

それはそうですよね。人それぞれで、それぞれが違う思いを持って、認識できるものも違う。マネジメントの文脈では本当に難しさがあります。いろんな人に合わせた関わり合いをしなければならない、それをしないと組織としてまとまらない。そのはざまをなんとかしていくことなんだと思います。

私が感じているのは、「対話」がコントロールと流れの二項対立の狭間を進むために、とても有効だということです。対話していくことで、「ここはコントロールしよう」「ここは流れに任せよう」という合意が自然と生まれてくる。

 

そのチームとしての合意があれば、スッと流れていくものがある。集まった人のエネルギーの流れを滞らせないために、対話という場をコントロールして作っていくことが大事なんじゃないかと思っています。

 

対話は時間がかかるので非効率に思われがちですが、結果的にはとても効率がいいんじゃないかと感じています。リトリートでの効果を見ても、そう思います。

 

吉田

今の話を聞くと、「対話」というキーワードが、コントロールと流れをうまく結びつける重要な場なんですね。それをうまく作っていくことが鍵になる。今日の話はそこに着地してきました。

 

安田

組織の課題や人の問題は様々ありますが、どこまで突き詰めても、「対話」と「リスペクト」に尽きるのかなという気が、最近すごくしています。

 

成澤

「対話とリスペクト」、いい言葉ですね。対話しているとリスペクトが自然と生まれる部分もありますし、リスペクトがあるからこそ対話が深まる。対話の重要性を改めて感じました。

 

吉田

「対話とリスペクト」というキーワードが出たところで、今日はここで終了にしたいと思います。ありがとうございました。

対談者紹介

廣川 進

Hirokawa Susumu

法政大学キャリアデザイン学部教授
日本キャリアデザイン学会前会長
臨床心理士

公認心理士

シニア産業カウンセラー
2級コンサルティング技能士

福武書店(現ベネッセコーポレーション)に18年勤務、育児冊子ひよこクラブ創刊などに携わった後、人事部にてヘルスケア部門の立ち上げ、採用、教育、異動、昇格などを担当。
退職後大正大学臨床心理学科教授を経て2018年より現職。
海上保安庁、警察庁、警察大学校等官公庁の他民間企業でカウンセラー、講師、メンタルヘルスの組織コンサルタントとして活動。研修支援領域はストレスマネジメント、メンタルヘルス、モチベーションマネジメント、キャリアデザイン等。

吉田 有

Yoshida Tamotsu

株式会社Zentre 代表取締役 エグゼクティブコーチ

(社)インターナショナルZENカルチュラルセンター理事

ZENトレプレナー研究所 代表

BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ

30歳まで米国アラスカ州にあるパルプ会社に勤務。セスナ機でアラスカ中を飛び回る。

帰国後、中堅アパレル企業の経営の傍ら、カリフォルニア州で日本食レストランの経営や

イランへの文具輸出など、様々な事業を手掛ける。

50歳でビジネスコーチ株式会社を創業し、取締役に就任し人材育成を始める。

2011年青森県観音寺で得度(仏門に入る)

2017年(社)インターナショナルZENカルチュラルセンター設立理事

2020年ZENトレプレナー研究所設立し、代表となる

2023年に70歳で株式会社Zentreを設立し、代表取締役となる

ZEN(禅、然、善、全)をキーワードにエグゼクティブや企業に対してコーチングや人材開発を行っている。

森 雅浩

Mori Masahiro

ワークショップ企画ファシリテーター

アウトドア(自然体験)プロデューサー

シンガー&ソングライター

武蔵野大学非常勤講師(2024〜)

Be-Nature School/有限会社ビーネイチャー代表

早稲田大学社会科学部卒

環境教育プログラムや自然を活用した企業研修・組織開発ワークショップを企画・実施。焚火&禅リトリート、屋久島マインドフルリトリートなど、自然×ファシリテーションという独自のボジションで事業を展開。

 

NPO法人NATURAL LING TRUST・理事

学校法人正和学園・評議員

【著書・絵本】『田んぼのきもち』(ポプラ社)

【編著】『おとなの自然塾』(岩波書店)

【共著】『ファシリテーション〜実践から学ぶスキルとこころ』(岩波書店)、『看護のためのファシリテーション』(医学書院)

安田 修

Yasuda Osamu

Zentreディレクター/青山学院大学文学部卒業

産業カウンセラー

国内旅行業務取扱管理者

教育サービス企業で帰国子女教育に10年かかわった後、組織再編に際し新会社でセミナー企画、セミナーハウスやコンファレンスセンター運営に携わる。2005年に研修の企画、運営、ビジネスイベントのロジスティック手配を手がける有限会社櫂の設立に参加。各種研修プログラムの企画開発、イベント手配、催行の経験を積む。Zentreではプログラム企画開発、カスタマーリレーションを担当。自然と触れ合いつつ対話や内省を深めるオフサイトミーティング、リトリートプログラムの造詣が深い。ビジネスパーソンがよりいきいきと働き、仕事を通じて幸せになることの支援をするのが信条。一般社団法人産業カウンセラー協会東京支部専門育成研修部副部長、有限会社櫂副代表。

成澤 友

Narisawa Yu

Zentre パートナー/中央大学文学部史学科卒

株式会社ToMoRu(https://tomoru-inc.com/) 代表取締役
HRD(人材開発)プロデューサー
レジリエンストレーニング認定講師
米国CTI認定コーアクティブ・コーチ(CPCC)

富士通系SI企業、人材紹介会社、生命保険会社にて、法人営業や代理店営業、ダイレクトマーケティング、キャリアカウンセラー、人事を経て株式会社ToMoRuを創業。子どもが「早く大人になりたい」と思えるような社会にするべく、社員が育つ組織づくりを目指して社外人事として企業に伴走。コーチングや対話のスキル・知識を活かして、人が育つ人事制度構築・運用や研修企画・実施の実績が豊富。
坐禅は毎朝の日課。禅的な考え方を研修やコーチングに活かすだけでなく、日々のランニングやマインドセットに応用するなど、日々、禅を実践・探求している。

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