「いま、時代は大転換期であるということを、多くの人が感じていると思います。例えば30年、40年前の昭和と比べると、いまは転職やフリーランスが当たり前ですが、昭和は終身雇用でした。また分からないことがあれば、現在は検索サイトで調べますが、昭和は辞書や百科事典などでした。さらに現在、スマートフォンで仕事をしていますが、昭和は固定電話が当たり前で、携帯電話の登場は大きな衝撃でした」(吉田氏)
こうした大転換期はいまに限ったことではない。200年前、農業をはじめとする第一次産業が中心だったが、産業革命により工業化と都市化が進み、生活水準が飛躍的に向上。インフラである電気やガス、水道が整備され、インターネットやスマートフォンを使った快適な生活が当たり前になった。一方、工業化により、環境汚染や森林破壊など、生態系に深刻な影響が出ており、これが人類全体の課題にもなっている。
吉田氏は、「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)から、『このままでは人類の進歩に極めて厳しい状態になる可能性がある』と報告されています。また十数万年前に人類が登場してから、人口はほとんど横ばいでしたが、産業革命をきっかけに、25億、50億、60億、67億人と人口が増え、2050年には92億人になると予測されています。そこで、これまでとはまったく違う、大きな転換が必要だと考えています」と話す。
産業革命の考え方の基盤になったのが近代西洋思想である。近代西洋思想とは、曖昧さを排除し、物事を客観的かつ分析的に捉える思想。一方、東洋思想は、孤立したものはなく、全てつながっていて、見えないものも含めて包括的に捉えていく思想である。吉田氏は、「西洋的なアプローチは、KPIや数字、論理、エビデンスにより明確にすることで納得し、前に進んでいくもの。東洋的なアプローチは、イメージとか直感力であり、明確なものというよりホリスティックなイメージです」と話す。
樹木に例えると、西洋的なアプローチは見える部分の果実に重点が置かれるが、東洋的なアプローチでは見えない部分の根や土壌も重要になる。これを東洋思想で言えば、陰と陽の「陰陽論」になる。陽とは太陽であり、成長・発展を意味し、陰とは月であり、止まって振り返ることを意味する。現在の陽と陰のバランスは、陽が強すぎるため、陰的なもの、つまり東洋的なものに意識を向けていく時代であり、目に見えないものに注目すべきインビジブルの時代だという。
大転換期は目に見えないものに注目すべきインビジブルの時代
吉田氏は、「陰陽論を企業的に言えば、見える資産、見えない資産です。見える資産は、建物や設備、商品、金融資産、不動産などですが、最近は技術力や匠の技、知的資産、お客様の信頼など、目に見えない無形資産も注目されています。最終的には、経営者の思想や哲学など、目に見えないけれども大事なものの時代になるのではないかと思っています。またダイバーシティや多様性の時代においても、より深いレベルの思考や哲学が必要で、その1つが禅です」と話している。
ビジネスパーソンのための禅のキーワードは3つあり、(1)「手放す」と「手に入る」、(2)禅的キャスティング:「いまここ」のための目標、(3)対立や矛盾への向き合い方だ。
(1)「手放す」と「手に入る」
マルチタスクや情報過多で常に忙しい親と子どもが散歩している絵がある。この絵を見て、親の脳の状態と子どもの脳の状態では、どちらの状態の方が仕事の生産性を高めることができるだろうか。分かりやすく質問を変えると、現実を認識しているのは親か、子どもかである。現実とは目の前に太陽と山がある状況で、子どもはちゃんとそれを見ているが、親はなかなか現実を見ることができない。
現実を認識しているのは親か、子どもか
「禅という字は『示』辺に『単』と書きます。単純に示すことが禅であると言い換えることもできます。単純に示すというのは、物事をシンプルに捉えるということです。物事をシンプルにするためには、余分なものを取り払う、無駄なものを削ぎ落とすことが必要です。無駄なものをそぎ落としていくと、最終的に見えてくるのは本質的なもので、本質にたどり着くことで、いまやるべきことに集中できます」(吉田氏)。
無駄なもの、自分だけというエゴ、オレがオレがというプライド、先入観、成功体験、思い込み、固定観念を手放すことで、「いまここの集中」を手に入れることができる。吉田氏は、「いまここの集中とは、1つひとつを丁寧にやるということです。1つひとつ物事を丁寧にやると、いろいろなものが見え、物や人を大事にします。効率を追求するとスピード感はあるかもしれませんが、大事なものが見えず、荒くなります。だからこそ1つひとつを丁寧にすることが大事になります」と話す。
(2)禅的キャスティング:「いまここ」のための目標
ビジネスには、過去のデータをもとに将来を予想する「フォアキャスティング」、そして目標のためにいまがあるという「バックキャスティング」という考え方がある。しかし大混乱期や先が読めないVUCAの時代においては、過去から未来を読むことが難しくなる。そこで重要になるのが「禅的キャスティング」である。
「いまここ」のための目標が禅的キャスティング
「禅的キャスティングは、『未来をいま、ここに持ってくる』『いまここのために目標がある』という考え方です。例えば、行き先はAという目標だが、Bになってもよいということです。スティーブ・ジョブズの言葉に『Journey is the reward(旅路こそ報酬だ。終着点は問題ではない)』というものがあります。終着点は問題ではなく、旅路の過程、車窓の景色を1つひとつ楽しむことが大事だということです」(吉田氏)。
(3)対立や矛盾への向き合い方
ビジネスでは、いろいろな場面で意見が対立したり、AかBか判断に迷うことがあるが、判断するときに東洋的な陰陽論がある。陰陽論は、陰と陽があって初めて1つのものが成り立つという考え方である。例えば、ものの輪郭を見るときに、光だけだと眩しくて見えないし、影だけだと暗くて見えない。光と影があることにより輪郭が見えるという、相反するものにより成り立つという考え方である。
また呼吸も吐くと吸うという、相反する作用があって機能する。人間の脳も左脳の分析的なものと右脳の感性的なものがあって人間の脳として機能する。人生も苦があったり、楽があったりして味のある人生になる。こうした考え方は、2つだけど本当は1つである『二論的一元論』だ。
吉田氏は、「企業経営も同じで、短期的な利益が大事、長期的な投資が大事と一見相反する考え方も、その上の持続的な経営に収まっていきます。課題との向き合い方として、陰と陽があって初めて1つが成り立という考え方はよいと思いますが、現実的に物事はAかBかを判断する場面があります。このとき1つに統合するという東洋的な考え方をもとにしながら、いわゆる『ヘーゲルの弁証法』のような西洋思想的アプローチで物事を判断することで、視座を高め、余裕を持って取り組むことができます」と話している。
短期的な利益と長期的な投資からその上の持続的な経営が生まれる
テーゼとアンチテーゼがあってジンテーゼがあるという「ヘーゲルの弁証法」から学ぶ
禅的リーダーシップを発揮するためにはどうすればよいのか。頭では分かっていても、腹落ちしないと実行できない。腹落ちさせるには、OSを調え東洋思想を学ぶことが必要になる。また座禅も自分を調える上でとても大事なトレーニングであり、アクティビティである。さらに、こうした方法を自分の中でルーティン化しながらリフレクトすることも重要になる。
さらに自然での体験(リトリート)も、OSを調える上で重要な取り組みの1つ。自然から学ぶプログラムとして、まずお寺でプログラムの目的を聞き、何を望んでプログラムに参加したのかを簡単なオリエンテーションで共有し、座禅により静寂の中で自己と向き合う。次に、山登りによるサイレントウォークで歩く座禅を体験。157段の階段を、人生をイメージしながら一歩一歩登り、山頂に着くと自然を五感で感じながら瞑想する。
ランチを食べたあと、展望台で上から見下ろして、自然に身を委ね、風の爽やかさや小鳥のさえずり、太陽の光などを体で感じ、呼吸を調えることで、すっきりとした感じを得る。最後の夜には、焚き火を囲みながら自然の中で感じたことを言葉にし、内省と共有をする。頭だけを使うのではなく、身体を使うので、出てくる言葉がポジティブになり、深い気づきを得た話になる。これにより、自分の考えていたことが腹落ちする。
参加者からは、「いまここの重要性に気がついた。過去と未来ばかり気にしていた」「鳥の声、風の爽やかさなどの自然に触れて、小さいころを思い出した」「自然を身体全体で感じることができ、リフレッシュできた」などの声が聞かれたという。こうした参加者の声は、「清々しい」という言葉で表される。「清々しい」という漢字は、「さんずい」に「青」と書くが、青い水という本質を感じられる表現ということができ、まさに自然から学ぶことを実感することができる。
「OSを調える方法に『禅ネイチャーピラミッド』があります。毎日のルーティンで、散歩をする、ゴミ拾いをする、座禅をする、空を見上げるなど、何か1つ自分自身を調えることをやり続け、月に1回は日帰りの山歩きをし、年に1回は1泊2日のリトリートを行い、数年に1回は圧倒的な大自然の中に身を置くことで自然に対する畏敬の念を感じることができます。日常生活に戻ると、時々この禅ネイチャーピラミッドを繰り返し、OSを調えることが大事です。こうしたプログラムを神奈川県の大磯、山梨県の西湖、鹿児島県の屋久島で行っているので、もし興味があればご参加ください」(吉田氏)
大転換期は目に見えないものに注目すべきインビジブルの時代
株式会社Zentre 代表取締役 エグゼクティブコーチ
(社)インターナショナルZENカルチュラルセンター理事
ZENトレプレナー研究所 代表
BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ
30歳まで米国アラスカ州にあるパルプ会社に勤務。セスナ機でアラスカ中を飛び回る。
帰国後、中堅アパレル企業の経営の傍ら、カリフォルニア州で日本食レストランの経営や
イランへの文具輸出など、様々な事業を手掛ける。
50歳でビジネスコーチ株式会社を創業し、取締役に就任し人材育成を始める。
2011年青森県観音寺で得度(仏門に入る)
2017年(社)インターナショナルZENカルチュラルセンター設立理事
2020年ZENトレプレナー研究所設立し、代表となる
2023年に70歳で株式会社Zentreを設立し、代表取締役となる
ZEN(禅、然、善、全)をキーワードにエグゼクティブや企業に対してコーチングや人材開発を行っている。